2009年12月 8日 (火)

優しい旦那様

12月3日は妻の日らしい。

妻に日ごろの労をねぎらって感謝する日だそうだ。

旦那が帰宅したので

「今日は妻の日だそうだよ!」と言ってみた。

「え?熊の日?」

・・・・・。

--- この人には多くを望んではいけないのだ。

結婚してからの私の座右の銘・・・

それは、「期待するから腹が立つ」

――― なかなかいい言葉だ。

しかし、これまでの結婚生活において

旦那からねぎらってもらったような記憶はほぼない。

長男を出産した後に

「御苦労!」と一言言われたくらいではないだろうか?

現在では非常に珍しい絶滅危惧種俺様亭主である。

そんな旦那も時に優しさを垣間見せる事がある。

そんな貴重な瞬間を思い出してみる・・・。

新婚当時、ドラマを見ていた時のことだ・・・

主人公が彼女を連れて高級ブティックに行き

「この店のもの、好きなだけ買ってあげるよ!」と言っているのを見て

「いいな~。一度でいいからこんな事言われてみたいな~。」とつぶやいた私・・・。

--- それからしばらくたったある日、

近所のドラッグストアの前を通りかかった時

「この店のもの、好きなだけ買ってやる!」と

得意げに言われたのを覚えている。

・・・違う。

激しく何か違う気がする・・・。

ドラッグストア内には特に興味をそそるものはなかったが

せっかくなのでハンドクリームをカゴに入れた・・・。

他にもまだあった。

私にしては珍しく高熱を出して寝込んでしまった時のことだ。

病気をした時こそ人の本当の優しさがわかると何かに書いてあったが、

旦那は会社帰りに高級牛肉を買って来てくれた。

「これを食べて元気を出せ!」と言われたが

またもや、何か違う気がした・・・。

病気の妻に牛肉って、いつの時代の発想なのだろう。

何か調理した物を買って来てくれた方がよっぽどありがたかったが

旦那の優しさらしきものに感謝しつつ

ふらつきながら台所に立った・・・。

う~ん。

まあ、なんだかんだ言っても

優しい人なのだろう・・・。

きっと・・・。

たぶん・・・。

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2009年7月22日 (水)

アスパラとタコ

うちの母は勘違いの天才である。

先日、母と車で買い物に行く途中の出来事だ。

お互い特に会話もないので

聞くともなしにカーラジオに耳を傾けていた。

ラジオは料理番組の放送中で

女性DJと料理研究家らしき男性がトークを交えつつ

レシピを説明している。

「先生、フライパンにバターをひいて・・・ここで先程のアスパラを炒めていくわけですね~。」

「はい。軽く塩コショウをふってくださいね。」

「わ~。鮮やかなグリーンが食欲をそそりますね~。」

今日のレシピはアスパラとタコのなんとか・・・?らしい。

途中から聞き出したので詳しくはわからないが

なんとなく絵は浮かぶ。

ここで、先生がタコを取り出したようである。

どうもタコには先になにやら下ごしらえしているらしい・・・。

「はい、ここでタコをくわえて更に炒めますよ~。」

なるほど、アスパラとタコ・・・合うかもね・・・と思いながらふと母に目をやると

首を思いっきり傾げ「え?」という顔をしている。

めんどくさいので無視しようとすると

「ねえ、なんでタコをくわえて炒めるんやろか?」と聞いてきた。

「なんでって、そういう料理なんでしょ・・・。」

適当な応答ですます。

ところが、母はまだタコに引っ掛かっているようだ。

「でも、不思議やな~。」とか、

「なんでやろ~。なんか意味あるんやろか?」とかいちいちうるさい・・・。

「何がそんなに不思議なん?」

相手をするまで止めそうにないので仕方なく聞いてみると

「なんでタコをくわえながら炒めるん?」と返してきた・・・。

え?くわえながら?

母のくちぶりから察するに

タコを口に咥えながらアスパラを炒めている人

を思い描いているようだ・・・。

まったく、ありえない光景である。

いったいなんのまじないじゃっ・・・。

心の中で悪態をつきながら

「きっと、タコを咥えてると炒めやすいんじゃないの?」

突っ込むのもめんどくさいのでいつものように適当に返しておいた・・・。

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2008年6月 8日 (日)

おじさんと謎の液体

時々、無性に たこ焼き だの お好み焼き だのが食べたくなる。

先日も空腹時に急に食べたくなり

頭の中がいっぱいになった。

考えただけでソースのいい匂いもしてくるようだ。

ふと、半年ほど前に店に現れた不思議なおじさんのことを思い出した・・・。

---- あれはある冬の寒い日。

店で商品のラッピングをしながらふと外を見ると

なにやら一升瓶らしきものを抱えたひとりのおじさんが佇んでいた。

明らかに私を見て微笑んでいる。

私もつられて微笑み、軽く会釈をした。

すると間もなく、そのおじさんが店のドアを開けて店内に入って来た。

開口一番、「ちょっとコップ貸して!」と言うではないか。

おじさんは、戸惑う私にはおかまいなしにどんどん近づいてきて

一升瓶をドンとテーブルの上に乗せた・・・。

よく見ると真っ黒な液体が底のほうに数センチ溜まっていた。

「なんでもいいけん、コップない?」

「は?」

状況を把握できず、頭が真っ白・・・いや真っ黒になった。

とにかく執拗にコップを要求されるので

しぶしぶ店の奥からグラスを取り出してきた。

私の持ってきた華奢なフォルムのお洒落なグラスを見るなり

おじさんは「あ~・・・。」と残念そうな声を出した。

「あ~・・・。って言われても・・・。」と私も言い返す。

次の瞬間、おじさんはテーブルの上の一升瓶の蓋を開け

グラスに真っ黒な液体を注ぎはじめたではないか!

「いいソースが入ったけん、飲んでみてん!」

にこにこ顔でそんな事を言いながら

グラスになみなみとソースらしき液体を注いでゆく・・・。

おじさんはどうしても一升瓶に残ったソースを全部注いでしまいたいようだった。

しかし、私の用意したグラスがまんざら容量がなかった為

グラスの淵まで注いでもまだ残っている。

尚も注いだため、ソースが表面張力いっぱいになった・・・。

私はおじさんにグラスを渡したことを思いっきり後悔したが後の祭りである。

「まあ、一口飲んでみてん!」と満面の笑みで言われたが

グラスを持っただけでソースがこぼれるのは目に見えていた・・・。

「ぜったい美味しいけん。遠慮せんでいい!」

私はその時まで、ソースが飲み物であることを知らずに生きてきた・・・。

「余ったら色んなもんにかけてみてん。絶対美味しいで!」

店中にソースの香りが充満しはじめた・・・。

「あの・・・。今おなかいっぱいなんで後でいただきます!」

苦し紛れに言うと

おじさんはちょっと残念そうに「ホント、美味しいんで!」と言いながら

「おたふく」と書いたラベルの一升瓶片手に店を出て行った・・・。

---- おじさんが立ち去った後、

表面が丸く盛り上がったソースのグラスを見つめ

どうしたものか死ぬほど悩んだ私である・・・。

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2008年3月30日 (日)

はしのはなし

先日、中学生の長男が帰宅して弁当箱を出しながらつぶやいた。

「今日、1本しか入ってなかったで。」

「え?そうやった?どうやって食べた?」と聞くと

「1本で食った。」との答え・・・。

なんとも、長男らしい応用力のなさである。

鉛筆1本足して食べたらよかったのに~。も~。」と言う私に

「そんな事できませんから。」ときっぱり無表情で返された。

「誰かになんか言われた?」

ちょっと心配になって聞くと

「センセ~から『虐待やな~』って言われたで。」と言ってにやりと笑う。

なぜだ・・・。

なぜお前はよりにもよって先生に見つかるのだ・・・。

自分の落ち度は完全に棚に上げて長男に腹をたてた。

----次の日。

帰宅してきた長男が弁当箱を出しながら言った。

「あの~、今日は3本入ってたんですけど・・・。」

昨日少なかった分、今日足しといてやった。

そう、母の愛である。

-------と言えば去年のはなしを思い出した。

ある日のお昼過ぎ、珍しく旦那から電話がかかった。

「いい加減にしろよ!」

いきなりなんだか機嫌が悪い。

「何が?」むっとしながら訊ねると

!また入ってね~ぞ!」との答え。

「あっ・・・。」

旦那の弁当箱はふた部分に箸を入れるところがあったのだが

箸を入れる部分が壊れてしまい

普通の弁当箱に買い換えたばかりだった。

今まで箸箱をそえる習慣がなかった為忘れがちだ。

「ごめ~ん。」と、とりあえず謝ってみる。

「ごめ~んじゃねえ!何回忘れたら気が済むんか!しっかりしろ!!」

と、言いたいことだけ言って電話を叩ききられた・・・。

よほど腹が立っていたのだろう。

それにしても、たかが箸ごときでここまで腹を立てるとは

なんという心の狭さであろう・・・。

毎朝早起きして弁当を作っても感謝などされたこともない上にこの言われようだ。

私の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた・・・。

-----そして次の日。

いつものように弁当を作り終えた私は昨日から準備しておいたを取り出した。

ふっ。

思わずにやけてしまう。

紙は箸入れの大きさに切ってあり、マジックで大きくスカと書いてある。

箸入れにセットして弁当箱の上に乗せた。

「今日は箸箱入ってるからね!」

明るく見送り、私の小さな復讐は終わった・・・。

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2008年1月15日 (火)

ミステリーNo.5

先日、お店を閉めて車で帰宅中に不思議なおじさんに出合った。

赤信号で停止中のことだ。

何気なく窓の外を見ると、満面の笑みをたたえたおじさんが立っていた。

どう見ても私の方を見て微笑んでいるのだが

全く見覚えのないおじさんだ・・・。

おじさんはどんどん私の車に近づいて来て

突然手のひらをパーにして突き出した。

「は?」首をかしげると

なおも近づき

何度もパーを出したり引いたりしている。

その間ずっとものすごい笑顔なのだ。

じゃんけん?

恐る恐るチョキを作っておじさんに見せた。

するとおじさんは、ぶんぶんと首を振って眉間にシワを寄せた・・・。

な、なんなんだろう・・・。

怖いので窓は開けられない。

赤信号がいつもの何倍も長く感じられた。

目を合わせないようにしようとしたのだが

おじさんはなにか大きな声で言い始めた。

よく聞き取れないが

口の動きから察するに「ゴ」と言っているようである。

口を大きく動かして「5?」と問いかけた。

するとおじさんは、うんうんというように首を縦に振って

満足気な笑みを浮かべた。

ああ、か・・・。

・・・・・っていったい何が?

考えているうちに信号がになり、

ようやく5のおじさんとお別れする時がきた。

ホッとしながらバックミラー越しに後ろを見ると

5のおじさんはいつまでも私に手を振っていた・・・。

帰ってから気付いたのだが

私の車のナンバーが5なのだ。

おそらくこの5の事を言っていたのだろう・・・。

でも、それが何か?

熱烈な5のファンだったのだろうか・・・。

謎は深まるばかりである。

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2007年11月23日 (金)

母と金魚

うちの店には看板金魚の「金ちゃん」がいる。

母が溺愛して餌をやりすぎなため最近太り気味だ。

「金ちゃんはね~、私が来るとわかるんよ♪すぐ寄ってきてかわいいわぁ~。」と毎日同じ事を言いながら餌を過剰に与えてしまうのだ。

以前、金ちゃんが窮屈そうに立ち泳ぎしてるのを発見した私はそれを母に指摘すると

病気かも・・・」とひとりあたふたしていた。

私は「狭いだけだと思うよ・・・」と言って帰宅したのだが、

母はその後大きなガラスの容器を買ってきて金ちゃんを移し心配だからと自宅に連れて帰ったらしかった。

その夜、「金ちゃんが見たこともない速さで泳ぎだした!」という報告の電話があったので「よかったね。」と言っておいた・・・。

そもそも小さいガラス容器に金魚藻を山のように入れていた母に原因があるのだが・・・。

それにしても私が風邪をひいた時「熱が38.5度を超えてないなら絶対学校を休んでは駄目!」と恐い顔で言っていたあの人と同一人物とは思えない・・・。

そして先日、私の休みの日に店から電話が入った。母である。

暗く沈み込んだ声で、「朝店に来たら、金ちゃんがお腹を上に向けて浮いてた・・・。」とつぶやく。

「え?死んだの??」と言う私の質問に

「わたしが呼びかけると一生懸命答えて一瞬元に戻るけど・・・またすぐに仰向けになるんよ・・・」と泣きそうな声。

時折「金ちゃん!金ちゃん!!」という悲痛な声が聞こえてくる。

そうか・・・ついにお別れの時がきたのだな・・・と悲しくなったが

母には「立ち泳ぎに次いで背泳ぎもマスターしたんと違う?」とジョー談を言ってとりあえず電話を切った。

さてと・・・冷静に対処法を考えなければ・・・

早速、金魚がひっくり返った時の対処方についてネットで調べてみる。

すると驚くべきことに、金ちゃんは「逆立ち病」というおかしなネーミングの病気であることがわかった!

食べすぎや運動不足で脂肪がつきすぎ、浮き袋の調節機能障害をおこしているらしい・・。

寒くなるとひっくり返りやすくなると書いてある。なるほど・・・

胃腸障害と運動不足が原因らしい・・・。あ~、やっぱりね~。

対処法として、水温を上げて胃腸の働きを活発にすることと胃腸薬を少し与えるとよいとある。

早速母に電話し、「逆立ち病」であることを告げ、水温を上げて胃腸薬を飲ませるよう指示を出した。

案の定母は驚き「魚用の胃腸薬なんかどこで買えばいいの?」と聞いてきた。

「そこの棚の一番上に私の胃腸薬があるから。」と言うと

「え?あんた・・・魚の胃腸薬なんか・・・」と人を半魚人扱いである・・・。

「だから~、人の胃腸薬を少し砕いて餌と一緒にあげればいいの!少しだからね!!」と念を押し電話を置いた。

---- 二時間後、母から電話があり「金ちゃんが元に戻った!」と大変嬉しそうにはしゃいでいた。

「よかったね・・・。」

まったく、人騒がせな母と金魚である・・・。

----- その夜、夕食を食べながら今日の騒動について子供たちに話して聞かせると2人とも大うけしていた。 「逆立ち病」という病名がツボに入ったらしいい。

お腹がいっぱいになった私はヒーターの前でテレビを見ながらいつの間にか眠ってしまった・・・

テレビの音が遠くなり・・・

子供たちの笑い声と話し声がかすかに聞こえてくる・・・

「母さん、絶対逆立ち病やな・・・」

「あっためればたぶん下むくぞ~」

爆笑・・・

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2007年8月27日 (月)

じゃがいも

スーパーマーケットにカレーの具を買いに行って

じゃがいもを選びながら

ふと、古い記憶がよみがえった。

--- あれは、独身時代に地元の広告代理店に勤務していた頃のことだ・・・

私は制作部というところで紙媒体の広告デザインの仕事をしていた。

ある日、デパートの「北海道物産展」のポスター制作の写真撮り用に

「じゃがいも」をたくさん買ってくるように言われ、八百屋へ向かった。

八百屋に着くとじゃがいもの山が2山あり

「メークイン」「男爵」に分かれている・・・

そして、「メークイン」の方が若干安かった。

ちょっと迷ったが「メークイン」を50個ほど買って会社に帰ることに・・・。

芋50個は想像以上に重く、汗だくになりながらの帰社となった。

--- 次の日、スタジオに芋を運ぶように言われていたので

準備をしているところへ上司がやってきた。

芋の袋を覗き込んだ上司は眉をひそめてなにやらご立腹の様子だ。

「なんだ、これは?」

「撮影用の芋です。」

「・・・普通、北海道物産展のポスターと言ったら男爵芋だろが!」

「えっ!?そうなんですか???」

何故なのかはこの際どうでもよい。

上司の思い描く北海道の芋が男爵だっただけの話だ。

急いでまた八百屋へ行き

「男爵芋50個ください!」と八百屋のおばさんに言った。

「あれ?またじゃがいも?」と八百屋のおばさんも怪訝そうである。

そんなこんなで無事撮影が終わり

私のデスクにはメークインと男爵芋が合計100個残った・・・。

「お前、この芋なんとかしろよ。」

上司からの命令により私はせっせと会社中の人に芋を配り歩いた。

「メークインと男爵、どっちがいいっすか?」

たいていの場合「どっちでもいい。」とそっけなく言われたが

100個の芋を配り終え、充実感に満たされた私であった・・・。

またある日、カメラ店の新聞の広告を製作中の上司から

「大急ぎで『三脚』のイラストを描いてくれ!」との指令があった。

カメラを買ったお客さんにプレゼントする三脚の写真を撮り忘れたらしい。

しかもあと30分で入稿しなければ間に合わないのだ・・・

「5分で描けよ!」と無茶を言われ

焦って描いたイラストを上司に提出。

イラストを見た上司は「ありが・・・」と言いかけ絶句している。

「なにか?」

「なにかじゃねえ!こりゃあ、脚立だろ?なんでカメラ買ってハシゴもらうんだ?考えたら分かるだろ?」

考えたが分からなかったのだから仕方ないのだ・・・。

他にもどんどん昔の失敗を思い出してしまったが、もうどうでもいいことだ。

若いうちに失敗をたくさん経験したほうがいい・・・と先日何かで言っていた。

しかし、若いうちに失敗ばかりしていた私は年取ってからも結構失敗ばかりしている・・・。

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2007年6月11日 (月)

セノビック

先日、ドラッグストアに子供と買い物に行った際

セノビックを買ってくれとしつこくせがまれた。

そういえば、あの手品の山上兄弟のコマーシャルを

次男が食い入るように見ていたのを思い出し

面白いので買って帰った。

帰宅するやいなや、長男(中1)と次男(小4)は

冷たい牛乳にセノビックを溶かす作業にかかったようだ。

・・・が、なかなか溶けないらしく2人でしばらくコップをグルグルかき混ぜていた。

いいかげん溶けきれないと悟った長男が

固体の浮かぶセノビックを一口飲み顔をしかめている。

「微妙な味やな・・・いや、はっきり言ってマズイな・・・」

一口目から悪態をつく長男に

「背を伸ばしたいんなら我慢して飲みなさいよ!美味しいわけないやろ!」と一括。

しぶしぶ全部飲み干したが

終始「かたまりがある。」だの「まずい。」だの「子供だまし。」だのと

発売元のロート製薬が聞いたら気を悪くするような事をぶつぶつ言っていた・・・。

ところが次男は混ぜても溶けきらないことが分かると

腰に手を当て一気に飲み干し、

底に溜まった溶け残りまでスプーンですくって平らげた。

「げっ!お前マズくないんか?」という兄に

「マズイよ。」と一言い放ちとっとと外に遊びに行ってしまった・・・。

「あいつ馬鹿やな・・・」と言う長男を尻目に

それからというもの、次男は朝昼晩とかかさずセノビックを飲み続け

飽きっぽい性格の次男にもこんな一面があったのかと家族一同驚かされた。

--- それから3週間程たったある夜、次男を見た旦那がつぶやいた。

「あいつ、最近急にでかくなったんじゃないか?」

実は私も毎日見ているにもかかわらず

次男が朝起きて来るたびに

「なんか、背伸びた?」と心の中で思っていたので驚いた。

ちょうど20日前に子供の日の慣わしでドアの桟に身長を記してあったので

次男を呼んでもう一度計ってみた。

すると、なんと20日で2センチ伸びているではないか!

セノビック恐るべし・・・。

ふと台所を見るとセノビックの袋をまじまじと見つめ、つぶやいている長男がいた。

「テジナ~ニャってか?・・・。」

※ちなみにセノビックは福岡、長崎、佐賀、長崎、大分の限定発売らしい・・・。

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2007年4月21日 (土)

蟹のイリュージョン

ここ最近制作の仕事が山積みで

毎日の平均睡眠時間がほぼ3時間以下である・・・。

しかし、根性で貫徹した甲斐あってほぼ見通しが明るくなってきたので

今日はまとめて睡眠を取る予定だ。バンザイ!!

思えば中学生の頃からほとんど睡眠時間は3~4時間であった。

そして、時々死ぬほど眠るのだ

とは言え、さすがにもう若くないのだからこんな無茶はやめようと反省中である。

そう言えば高校生の頃、徹夜が3日位続いた時

不思議な事が起こった・・・。

--- 自分の部屋の中に白い蟹がいたのだ。

しかも、その蟹は毛蟹ほどの大きさがあり

壁を這っていた・・・。

よくドラマでありえない光景を目にした主人公が

目を何度も開けたり閉じたりしてオーバーリアクションを取るが

実際にはドラマ以上にオーバーリアクションになった。

『目が疲れているからに違いない。』

瞼をマッサージしてよく見てみる。

やっぱり白い蟹は見える・・・。

『壁紙、蟹の模様だったっけ?』

周りを見渡すと、小花模様である。

『蟹のぬいぐるみ?』

そんなの買った覚えはない。

『・・・・・・・。』

もう、何も考えつかなかった。

怖かったが白い蟹に近づいて触ろうと思った。

近づけば近づくほどであることに間違いなかった。

ちゃんとに這っている・・・。

しかも真っ白だ。

やはり、触れなかった。

これはもう、ホントに白い蟹が迷い込んだのか

もしくは私がおかしくなったかのどちらかに違いない。

意を決して両親をたたき起こし

白い蟹の事を告げた。

午前3時頃だったと思う。

両親は私のただならぬ様子を察し部屋を見に来た。

「蟹?」

不思議がる両親は

「ほら、ここにいるでしょ?」と指差す私を驚愕の表情で見ながら後ずさりした・・・。

こんなにはっきり見えるのに他の人には見えないらしい。

もうどうでもよくなって眠ることにした。

そして、それっきり白い蟹は見えなくなった・・・。

その後、居間の本棚に「思春期の子育てQ&A」とか「思春期のこころとからだ」とかいう本が増えていったのを覚えている。

--- 実際は単なる寝不足による幻覚だったに違いない。

ところが、大人になった私はまたありえない蟹に遭遇したのだ。

しかも今回は旦那も一緒に見たのだから幻覚とは言えない・・・。

長男がまだ赤ん坊だった頃、夜中に熱を出したので救急の子供病院に連れて行った時のことだ。

夜中にもかかわらず、待合室はたくさんの子供や親でごった返していた。

私と旦那は長男が呼ばれるまで待合室の真ん中のソファーで座って待っていた。

ふと足元を見ると小さい蟹が這っている。

どこかから迷い込んだのだろう・・・。

何気なく薄暗い待合室の床を見渡すと

何か小さいものが無数に動いているのが見えた。

「蟹?」

半分眠りかけている旦那を起こして蟹の事を告げた。

「うわっ!すげ~。なんでこんなに蟹がおるんやろ?」

やはり私の幻覚ではないようだ。

ところが私たち以外の人は蟹に一切注目していなかった・・・。

「変だよね?」

私の言葉にめずらしく旦那も賛同した。

「誰も気付かんのか?」

忙しそうに歩き回っているナースも小さな子供も親たちも

誰もこんな異常事態に気付いていない様子なのだ。

しばらくして長男が診察室に呼ばれ

3人で先生のいる部屋に入ったが

そこにも蟹がチョロチョロしている。

私はもはや長男の容態より蟹に気を取られっぱなしであった。

意を決して「あの・・・蟹がたくさんいるんですね・・・。」と先生に問いかけたが

「は?」と言われ長男に聴診器を当てて診察が始まった。

幸い長男はたいした事もなく薬をもらって帰ったのだが

私たち夫婦にはかなり疑問が残った。

確かに蟹はいたのだ。

しかもうじゃうじゃいた。

けれど誰も蟹の事を話題にしておらず

まるで見えていないように思えた。

その病院は地元では有名な子供救急病院なので

いろんな人に「あの病院、待合室に蟹がたくさん出るよね?」と聞いてみたが

誰一人賛同する者はいなかった・・・。

やはり2人してを見たのか?

しかし、なんでいつもなのだろう・・・????

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2007年4月 1日 (日)

ショック療法

昨日、エアコンのリモコンが効かず

旦那が悪戦苦闘していたので

「このリモコン、手の平の上で1回ポンと叩いてやらないと効かないよ。」

--- と、正しい使い方(?)を伝授して実際にやってみた。

しかし、今日は効かない。???。

旦那から「お前、そりゃ電池がないんだから取り替えろ。」

--- と言われた。

それでもポンポン叩いてボタンを押し続ける。

片足で軽く一回転してポンと叩いてボタンを押してみたりもした。

「それ、なんか意味あるん?」

ものすごく冷めた目で言われたので

「じゃあ、電池替えてよ。」とリモコンを渡した。

「まさかあんた、自分で電池替えられんのやないやろな?」

「・・・・・。」言葉につまる。

実は、電池の入っている場所がわからなかったのだ。

「替えれるけどめんどくさいからやって!」

「じゃあ、電池の種類は?」と聞かれまた困った。

「知らんよ。」

「知らんよじゃなくて開けてみりゃいいやろ。」

(だから、開けられないから困っているのだ!)

じっとリモコンを見つめ

--- とりあえず机の上にコンコン打ち付けた。

「ふん、やっぱ開け方知らんのやな・・・」

とつぶやいた旦那は

勝ち誇ったような顔をしながら

リモコンの背面をスライドさせ電池を取り出した。

悔しい・・・。

そういえば以前テレビがよく映らなくなった時

テレビの上をげんこつで一回叩くと映るという事を発見し

毎日テレビを叩いていたことがあった。

放っておくとテレビの上半分が砂嵐になるのだ。

ドラマなどは、登場人物の首から下しか映らないので

まったく見ごたえがない・・・。

毎日叩いて見ていたのだが

ある日とうとう、全面が砂嵐になってしまった。

これならラジオを聴いたほうがましである。

それで、しかたなく電話帳を取り出し

「テレビのお医者さん」と書いてある所に電話して

ドクターを呼んだ。

まもなくドクターが現れ

テレビの裏側などを診察していたが

私にむかって

「奥さん、叩いた?」と鋭い質問をしてきた。

「まあ、多少は・・・」と曖昧な返事をする・・・。

「こりゃ~、だいぶ叩いたね!」

「う~ん、ちょっとは・・・」とアレンジして応答してみる・・・。

「中のねじが飛んじゃってるんだよ。」

「・・・。」

「こりゃ~相当ガンガン叩いたんだろな・・・」

と、しつこく叩いた事を責められた。

「奥さん、ショック療法はほどほどにね。」

と、ちょっと粋なことを言ったドクター

「手術が必要だからしばらく入院させましょう。」

どこまでもドクターらしく振舞っていた・・・。

あほらしかったが

「先生、よろしくお願いします・・・。」

・・・と付き合った。

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2007年2月28日 (水)

思い出のウェディング

最近、うちの店はウェディングに力を入れている。

勝手に私が力を入れていると思っているだけで

まだ私が力を入れている事を世間に知らせていない為

口コミで知ってくださったお客様が来店くださるのみだが

ありがたい事に確実にウェディングのご注文は増えつつある。

・・・で、色々なカップルが来店くださり

最近のウェディング事情をお聞きするにつれ

自分のいいかげんだった披露宴の事が思い出され

もう一度やり直したいような、もうどうでもいいような複雑な心境になった。

----  そもそも、私たち夫婦にはプロポーズの言葉もなければ感動秘話もない。

どういう訳かわからないが気づいたら結婚する事になっていた。

もうそろそろ結婚しようかな・・・とお互いに思っただけである。

自分たちで勝手に日取りを決め

家から歩いて行けるからという安易な理由で近所の式場を予約。

両家の親には事後承諾で「この日に結婚式やります」と報告。

当時、旦那と私は仕事の休日が合わなかったので

下見や打ち合わせもほとんどないままに時間が経過した。

新居も私が一人で探したものだ・・・

結婚の1ヶ月前頃、私が退職してからようやくバタバタと

式の準備を始め一週間前には写真の前撮りをした。

旦那は私の青いスパンコールでできたカクテルドレスを見て

「うわっ!すげ~青光りするな~!かと思った!」

と、非常に憎たらしい事を言っていた。

旦那の白いタキシードだって演歌歌手みたいだったが

言うと機嫌が悪くなるので黙っておいた。

---  いよいよ式当日の朝、すっぴんでジーパンの私は

風呂敷を下げてホントに徒歩で式場入りした。

式は神前式で巫女さんに誘導されて式場に入るのだが

旦那は相変わらず自分ひとりでスタスタと歩いて行ってしまい

巫女さんから「新婦を置いていかないでください!」と注意を受けていた・・・。

その後の披露宴は滞りなく順調に進み、

いよいよ最後の万歳三唱である。

旦那にはあれほど

「自分たちは万歳しないでお辞儀するんだよ!」

と言っておいたのに

横を見ると赤ら顔の酔っ払いがご機嫌で万歳をしていた・・・。

私の視線に気付いた旦那は「あ、やべ~!」とつぶやき

ぺこりと頭を下げたのだが

顔を上げた旦那を見て驚愕した!

凄い勢いで鼻血が出ていたのだ・・・

真っ白なタキシードを真っ赤に染めた旦那は

衣装さんに取り囲まれ濡れたお絞りでタキシードをトントンされていた・・・

旦那の鼻血も治まり、

私たちはみんなの作ったアーチをくぐって退場することになった。

私は前述の鯖のスパンコールドレスである。

このドレスはかなり身体のラインにぴったりしたものだった。

妙に低いアーチをくぐるため思いっきり身を屈めねばならず

しかも11センチのハイヒールを履いていたため

凄くふらつきながらよたよたと進行した。

真ん中あたりでさらにアーチが低くなっており

くぐる為にほぼ直角に腰を屈めたのだが

その瞬間、ベリっという不吉な音がして周りのみんなが騒ぎ始めた。

「や、破れたんじゃない?」

という従姉妹や友達の声がした。

「え?」と思っていると

瞬く間に衣装さんに隅に連れて行かれついたての裏で破れた箇所を繕われた・・・

どうやらファスナーの縫い目が裂けたようである。

それにしても衣装さんの素早い対応には感動した。

そんなこんなで、衣装さん泣かせの私たちの披露宴は

赤っ恥をかきながら無事(?)終了した。

ドレスを脱いで朝来た時のジーパンに着替えロビーに下りると

華やかな振袖姿の友達が集まって談笑していた。

近づいても誰も気付かない。

「今日はありがとう!」と大声で言うと

みんな一様に驚き

「なんでそんな格好なの?」と言われた。

なんでと言われてもいつまでもスパンコールで歩くわけにはいかないのだ。

風呂敷を抱えているのを見て

「大女優と付き人みたい!」と一人が言い出しみんな爆笑していた。

大女優とは私の前を歩いていた母である。

独身時代にホントに女優をしていた母は

留袖姿で優雅に歩き、完全に私より目立っていた・・・。

後日、弟に任せておいたビデオを再生してみると

巫女さんだの私の会社の同僚だの女友達だのしか映っておらず

主役の私の姿はどこにもない!

弟に文句を言うと

「自分の見たいものだけを撮った」

まるで大物カメラマンのような事を言っていた・・・。

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2007年2月12日 (月)

合格発表

受験シーズンになると必ず思い出す人物がいる。

子供の頃同じ町内に住んでいた同級生のお兄さん、Tさんである。

彼とは学年が1つか2つ離れていたが

小学校から高校まで同じ学校だった為

名前と顔は知っている・・・くらいの存在だった。

聞いた話によると・・・

彼は高校に入ってからグループを結成した。

バンドではない。

確か、奇怪団というグループで

主な活動内容は「奇怪な事をしでかす事」らしかった。

具体的には、毎日バス停を少しずつ移動させて

自分たちの都合のよい場所にバス停を持っていこうとし

警察からお咎めを受けた事もあったらしい・・・

---  ある日の夕方、テレビを見ていると

ニュースで地元の医大の合格発表の様子が流れた。

受験番号を張り出した掲示板の前に

ひときわ大喜びし、胴上げをしているグループが映っていた。

その胴上げをされている人物は

よく見るとあのTさんではないか!

「すごい!あの人は変わってるだけじゃなかったんだ!」

さっそく母に報告すると

「Tさんとこのお兄ちゃん秀才だね~」

と、感心しきりである。

そのニュースは狭い町内に瞬く間に知れ渡り

Tさん宅の電話はお祝いコールが鳴り止まなかったらしい・・・

----  で、Tさんのお母さんはその対応に追われ

カンカンに怒っていたという。

なぜなら  ---  Tさんは医大を受験していなかったからだ。

胴上げをしていたのは言わずもがな「奇怪団」のメンバーである。

名誉の為に付け加えるが

Tさんたちは、もともととても成績優秀な人々だった。

あの人たちは今、どうしているのだろう・・・

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2007年2月 7日 (水)

父の豆まき

節分の日の豆まき、

それは私にとってちょっとほろ苦い思い出である。

うちの父という人は殊更に「季節行事」を重要視する傾向にあった。

お正月に始まり、クリスマス、年越しに至るまでの12ヶ月

我々は行事毎に父の作ったルールに従わねばならず

大変な苦労の連続であった・・・

例えば元旦は朝6時に居間に全員揃わねばならない。

しかも正月らしく、きちんとした格好でなければ許されない。

大晦日に夜更かしをした身には大変な苦痛である。

そして、全員揃ったところで父から一人ずつお屠が注がれ

今年一年の抱負を語らなければならなかった。

「え~、今年もとりあえず勉強と部活がんばりま~す!」

というような軽いのりで話すと父は途端に機嫌を損ねるため

かなり気を遣いながら熱く一年の抱負を語ったものである。

その後も雑煮のもちは一人必ず3個以上食べるという勝手なルールや

1月4日に書初めをするという慣わしもあった・・・

そんな父が年中行事の中で一番力を注いでいたもの

---  それが「節分」である。

小さい頃はそれなりに楽しめた豆まきだったが

年頃になるにつれ、だんだん苦痛へと変わっていった。

---- 弟が高校生、私が短大生のある節分の日のことである。

大量の豆と、鬼の面、福の面を準備万端に用意した父は

玄関にいわしの頭を飾り朝からはりきっていた・・・ようだ。

私も弟もすっかり「節分」の事など忘れ帰宅時間がいつもより遅くなっていた。

家に帰ると、先に帰っていた弟が何やら眉間にしわを寄せ目で訴えかけている。

家の中にただならぬ緊張感が漂っているのを感じた。

ふと見ると、食卓の上に太巻き置いてある。

「あ!節分か~・・・」

その一言が父の怒りに火をつけたらしく

「節分の日に何時まで遊び歩いてるんだ!!!」

とものすごい形相で叱られた。

「すみません・・・」

一応謝り、キッチンにあった豆の枡を手に取って

「さあ、豆を撒こう撒こう!」と盛り上げた。

弟に鬼の面をかぶるよう言うと、ぶつぶつ言いながらも従った。

仕方なく自らも福の面をかぶる。

だんだんと父の機嫌もなおってきているようだ。

やれやれ・・・

まずは2階の部屋から豆を撒くのがいつもの慣わしである。

いい年になって鬼と福の面をかぶった我々は

のろのろと重い足を引きずりながら2階へ上がった。

まずは一番端の部屋のドアを開け

私が豆を撒く。

「鬼は外・・・福は内・・・」

小声で言いながら豆を撒き、部屋に入っていた弟を追い出した。

彼は完全にやってられね~といった顔でだらだらと部屋から出てくる。

そこで、またもや父の怒りの導火線に火がついてしまったようである。

「お前たち、なんだその態度は!やる気があるのか!」

----  やる気などあるわけないが

仕方なく大声で「鬼は~外~!福は~内~!」と叫んだ。

2階の各部屋を豆まきした後は1階である。

超仏頂面の弟に

「我慢しな!もうちょっとリアルに痛がって逃げなよ!」と耳打ちすると、

「ちぇっ」と舌打ちしながらも

さっきよりは演技にリアリティが出たようである。

よし、その調子だ!

そして最後に玄関に追い詰められた鬼が痛がりながら外に出て行く・・・

というストーリー性のある一連の流れにのっとり

ようやく鬼に扮した弟を玄関から追い出す段になった。

あと少しの辛抱である・・・

が、ここに来て弟が鬼の面を取り

「はい、もういいやろ?」

と言い出したから大変である。

ようやく機嫌をなおし、豆を気持ちよく撒いていた父の顔が曇った。

また怒鳴られるのかと思ったが

「もういい・・・もう豆まきは来年から俺一人でやる。」とつぶやき

部屋へ引っ込んだ。

背中に哀愁が漂っていた・・・。

----   それから1年後、節分の日に家に戻ると

恐ろしい程大量の豆が家中に散乱していた・・・。

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2007年1月21日 (日)

インフルエンザ緊急対策委員会

数年前、我が家はインフルエンザウィルスに3人が感染し

かなり深刻な状況に陥った。

長男、次男、そして私が次々と感染し高熱にうなされる日々が続いたのだ。

こんなに家中にウィルスが蔓延しているというのに

ただひとり能天気な健康体がいた・・・

我々が体の節々の痛みや熱と戦っている最中

ひとりお笑い番組を見てのん気に笑い

「お前らとは鍛え方が違うんや。俺は絶対に感染しないからな。」

と、憎たらしい事を言い放ち

「やっぱ俺は凄いなあ、予防注射もしてないのに感染しないんだからなあ。ははは・・・」

と、自分のインフルエンザに対する抗体の強さに大満足していた。

---- ところが一昨年、ゴルフコンペに出掛けた旦那が高熱で倒れ

病院でインフルエンザの診断を受けて帰ってくるという事件が起きたのだ。

そして、あろうことかこんな勝手な事を言い出した。

「病院で、家族に感染するのは避けられないと思うって言われたからな・・・」

この言葉を受け、高熱でふらふらしている旦那を2階の寝室に追いやり

「感染しません絶対に!」というスローガンの元

3人で結束して断固としてウィルスに感染しない為の対策を練った。

名づけて「インフルエンザ緊急対策委員会」の発足である。

その間にも旦那は

「汗をかいたから着替えさせろ」だの

「喉が渇いたからポカリスエットをもって来い」だの

ひっきりなしに色んな要求をしてきた。

私はサーズウィルスも99.9%カットするという医療用のマスクを装着し

患者の寝る2階の寝室へ向かった。

ポカリスエットのペットボトル、タオル、着替え、熱ピタシート、体温計、携帯電話をベットサイドに並べ

「トイレ以外はこの部屋から出ないでください。」

「トイレに行く時はこのマスクを必ず付けてください。」

「用事のあるときは携帯に電話してください。」

それだけの事を息を吸わないように早口で言い急いで部屋の外に出た。

部屋の中からは「鬼だ・・・この家には鬼がいる・・・」という

弱弱しいつぶやき声が聞こえたが無視せざるをえない。

子供達を守る為だ。仕方がない・・・

それから毎日、朝昼晩のご飯と3時のおやつだけはきっちり届け続けた。

もちろんサーズ対策マスク着用である。

1日に2回は寒がる旦那を尻目に寝室の窓を全開にして換気もかかさない・・・

すべて子供を守る為だ。心を鬼にした。

3日目になると熱も下がり体力もだいぶ回復した旦那は退屈しはじめたようだった。

「俺、もう下でご飯食べてもいいんじゃない?」

「治りかけが一番感染しやすいんだから絶対だめ!」

「・・・・・・。」

こんな会話が一日何度も繰り広げられたが旦那と会話していたのは私だけだったため

子供達はだんだん旦那が2階に寝ている事を忘れ始めていた。

作戦実行4日目に、学校から帰宅した次男が

「パパ最近帰ってきてないね・・・」と言った時には驚いた。

------- 完全に家族の記憶から消えかかってきた頃の事だ。

もうウィルス感染の危険もなくなったと判断し、

久しぶりに1階での夕食を許可した。

すると旦那はまるで半年ぶりに海外出張から帰った人のようによくしゃべり

なぜか得意げで威張っていた・・・。

旦那がまた2階の隔離病棟へ戻った後

私たちは作戦成功を讃えあい、感染しなかった事を喜び合ったものだ。

こうして無事1人の感染者も出さず我が家のインフルエンザ緊急対策委員会は解散した・・・。

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2007年1月 1日 (月)

昨年11月半ばの事だ。

「入居者募集」の張り紙を張った店の前で足が止まった・・・・

しばらく張り紙を見つめ

気付いたら携帯で張り紙に書いてあった不動産屋に電話していた。

その1時間後に不動産屋の営業マンに鍵を開けてもらって

私はその店の中に立っていた。

その3週間後、私はその場所にbloomというお店をオープンさせたのだ。

いつも直感だけで生きている私をよく知っている古い友人達も

今回の事にはみんな一様に驚きの声を上げていた・・・

驚かなかったのは母と旦那だけである・・・

母は「まあ、いつかやると思ってた。」と言い

旦那も「やりたいならやれば?」と拍子抜けするほど簡単に

私の背中を押してしまったのである。

私にとって一番身近な存在のはずのこの2人は

どういうわけか、私が何か相談してもほとんど反対する事がないのだ。

突然店を出すと言い出した私に子供達は動揺しまくっていたが

最終的には「母さんの子供に生まれたからには仕方ない・・・」

意味不明な事を言って納得したようだ。

そうしてbloomはオープンした。

ちょうどネットショップやカタログ注文も一番忙しい時期であったため

ほとんど不眠不休で仕事をこなし

30日の仕事納めまであっという間に時間が流れた。

そして31日に旦那の実家に里帰りした私は

ありえない程爆睡した・・・

更にゴロゴロダラダラを繰り返した事によってすっかり元気を取り戻し

同時に「駄目嫁」の称号をも欲しい侭にしたのである。

さて、今年は「ガラスエッチング」の他に手がけていきたい事がある。

「私、新しい夢があるんだ~!」と旦那に言うと

「もう、これ以上夢をみるんじゃねぇ!」と真顔で言われた・・・(笑)

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2006年10月29日 (日)

きつねつきおばさん

今朝、うちのウィンディー(コーギー♂)に唸られた。

日頃はかわいいウィンディーが

餌の時間にはに戻る・・・

餌を食べている時に、餌の器を移動させようとしたりすると

牙をむいてウーっと唸るのだ。

そして、餌を触ろうとしようものなら容赦なく噛み付く。

旦那は昔、全治3週間の怪我を負わされた・・・

あのウーっという唸り声を聞くと、思い出さずにはいられない人物がいる。

きつねつきおばさんだ。

私が学生時代、自動車教習所に通っていた時に遭遇した謎のおばさんの話をしよう・・・

---  ある日、自動車教習所でトイレに行った時のこと、

個室は2つしかなく、私の前にはもう1人おばさんが待っていた。

ほぼ同時に2つの個室が空いて、私とおばさんはそれぞれの個室へ入ったのだが

入った途端、何か動物の唸り声のようなものが聞こえてきた・・・

明らかに自分の前の個室から発せられている。

私は用を足す為に入ったのも忘れ、耳に全神経を集中した。

「ウ~・・・ウワゥ~・・・」

な、なんなんだこのおばさんは!!

動物の鳴きまねの練習?

江戸家 猫八?

唸り声には色んなバリエーションがあるようだった。

「コ~ン・・・コ~ン・・・」

って、あんた狐なのか?

昔話で聞いた「きつねつき」を思い出した。

だんだん恐くなったので、おばさんより先に個室を出て

一目散に人の多い待合室に逃げ、トイレからおばさんが出てくるのを確認した。

が、出てきたのはやはり、普通のおばさんだ。

さっき聞いたありえない鳴き声を思い出し、首をかしげた・・・

数日後、私は自動車教習所の映写室のような所にいた。

今日は、映像を見ながらの授業だ。

教官が入って来て、部屋を暗くする為にカーテンが閉められた。

前にテレビモニターがあり、私は後ろから二番目の席に座っていた。

しばらくして、後ろに誰か遅れて入ってきた人が座ったのが分ったが

特に気に留めていなかった・・・そのを聞くまでは・・・

そう、あのきつねおばさんだ!

暗い部屋で自動車の衝突シーンの映像などを見ていた時、

耳元で「ウ~・・・ウォ~ン・・・」とあの鳴き声がした時にはゾッとした・・・

振り向くのが恐くて後ろは向けなかったがあのおばさんであることは間違いない・・・

私とおばさんの席は前後で、周りには人がいなかった。

すると、あろうことか後ろの机を前にずらしている気配がする。

私は恐怖で手が震えた。

私の席により近づいたおばさんは

押し殺したような低い声で「ウォ~・・・グゥア~・・・」などと唸っている。

更に、だんだん調子に乗ってきたおばさんは

「死ね・・・」だの

「殺すぞ・・・」だのと言い出した。

もはや動物の鳴きまねどころではなくなってきた・・・

と思ったら、また動物霊が降りてきたようで

「ヒヒ~ン」と鳴いた。

ヒヒ~ン?・・・今度はなのか?

背中に得体の知れないおばさんの視線をビシビシ感じ、

もう自動車のクラッシュシーンどころではなくなっていた・・・

前の方の生徒が事故の映像を見て「うわ~・・・」といちいち声をあげている。

「あんたら、それどころじゃないんだよ!」と大声で言ってやりたいが

人間、恐怖が最高潮に達すると声も出なくなるのだと実感した。

--- 30分近く経ち、ようやく恐怖の授業は終わった・・・

私は足がガクガクするのを押さえながら教室の前のほうに走り出た。

振り向いて見ると、なんとあのおばさんが他の人と談笑しているではないか!

私の頭の中にはクエスチョンマークが100個くらいグルグル回っていた・・・

私個人への嫌がらせなのか?

しかし、あのおばさんに見覚えはない・・・

もしくは私の耳、または頭がおかしくなってしまったのか?

考えたくなかった・・・

かなり悩み、学校で友達に相談したが誰も真剣に聞いてくれない。

「またまた~・・・」(笑い)

「きつねつきって、いつの時代?」(笑い)

まあ、無理もないだろう。

私だって他の人にこんな話をされても信じないに決まっている。

これからは、あのおばさんに遭遇しないよう

細心の注意を払いながらの自動車教習所通いを続けるしかない・・・

そんなビクビクした生活が続いていたある日、

学校へ行くと友達が意外な事を言い出した。

「来た!来たよ!きつねつき!」

はじめ、何を言っているのか分らなかったが

友達によるとこうだ。

---  彼女はテニススクールの受付のアルバイトをしていたのだが、

昨日、1人のおばさんが窓口へ来て「トイレを貸してください。」と言ったのだそうだ。

「どうぞ。」とトイレに案内したが、そのおばさんが個室へ入った途端に

動物のような声で唸りだしたと言うのである!

「それ!それだよ!!」

私は興奮を抑えることが出来なかった。

「それでさ~、出てきた時には普通のおばさんなのよ。」

「そう!! そうなんだよ!!」

涙ぐみそうになる私に更に友達は言った。

「それで、あ!これはこの前聞いたきつねつきおばさんかも!と思ってよく見るとさ、

手に自動車学校のバック持ってたの!間違いないよね?」

「間違いない!! ない!!!」

首が取れそうになるほど頷きまくった。

やはり、私の耳や頭がおかしかったのではなかったのだ・・・

そして、私個人に対する嫌がらせでもなかったようである。

では、いったいあのおばさんは何者だったのだろう?

私の中では「きつねつきおばさん」という事になっているのだが・・・

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2006年10月25日 (水)

前世の秘密

先日、美輪明宏さんがテレビで前世について語っていた。

あんなに黄色い髪が似合うのはメーテルか美輪さんくらいだろう。

それで昔、母がある占い師に言われた私と旦那の前世について思い出した・・・。

---- あれは私と旦那が婚約したばかりの頃、

母の知り合いの御宅に、はるばる東京から

有名な前世占いの占い師をお招きしたという事で

物好きな母はいそいそと出かけていった。

母の話によると、何人か他の人もいたようで

占ってもらう部屋の前で結構待たされたそうだ。

母の前に占ってもらった人はなんと、部屋から号泣しながら出てきたそうだ・・・

きっとひどい前世だったのだろう・・・

私は端からそんなものに興味のない人間なので

私と旦那の相性を占ってもらったという話しにもたいした興味を示さなかったが、

母はご丁寧にカセットテープに占いの全容を録音しており

無理やり聞かされた・・・

そこで、私と旦那の衝撃の前世の秘密が明らかとなったのだ。

それによると---

まず、私たちは珍しいくらいにがある関係らしい・・・

普通、親子でも前世では全くの他人という事が多いらしいが

私たちはなんと現在で15代も身近な存在として関わりあっているらしいのだ!

そもそも15代前っていったい何時代なのか?

甚だ疑わしい話しだが面白いので続きを聞いてみた。

現世を含めた5代前まではずっと夫婦の関係だったらしい・・・

しかし、現世以前の4代は旦那が女で私が男だったと言うのだ。

ややこしい・・・。

つまり、私が亭主で旦那は女房だったわけである。

1つ前の前世の状況についてはかなり詳しいシチュエーションまで説明していた。

私は中国の奥地で産婦人科医として働いていたらしい。

別名「たけのこ医者」と呼ばれ、たけのこから作った漢方薬でかなり有名だったそうだ・・・

ここまで聞いた時点で、笑い転げそうになるのをこらえるのに必死だった。

母は真剣に頷いている・・・

旦那はその「たけのこ医者」の私の助手だったそうだ。

中国の竹やぶでたけのこを掘る旦那の姿を想像してみた・・・

ぷっ!想像すればするほどおかしい。

しかし、その占い師のじいさんは流れるような口調で

まるで見てきたかのような説明をするのだ。

占いは笑えるがその独創的な物語を瞬時に作り出す能力には感心した。

そこまでテープを聴き終わると

なぜか母はテープを止めた。

「あれ?これだけ?自分の事とか聞かなかったの?」

「・・・・・。」

黙っている。

おかしい。

無理やりカセットを取り上げ聞いてみた。

そして、母の驚きの前世の秘密が明かされたのだ。

----  母は前世で屁道の大家だったらしい・・・

「へどうのたいか・・・」

そんなの聞いた事もない。

どうやら屁道とは、華道や書道とにたようなものらしい。

占い師のじいさんはとうとうとしゃべり続けていた・・・

それによると、屁道とは「おならの音で音楽を奏でたりするもの」

母はその中でもトップクラスの人物だったという事だ。

もう、私の笑い袋は限界だった。

お腹が痛くなるまで笑い転げた。

笑い転げてが出た。

母を見ると、やはり引きつりながら笑っていた・・・。

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2006年10月20日 (金)

ホントにあった恐い話

私は、もの凄い方向音痴である。

人から散々言われるが、自分でも自覚しているので腹は立たない・・・

うちの母も凄い方向音痴で、弟もかなりの方向音痴だ。

我々は今までこの方向音痴という特殊な体質のために

様々な障害にぶち当たり、時には泣き、時には笑われた・・・

これは完全に遺伝によるものと思われ、決して私が悪いわけではない、断じて!

ところが、遺伝の一言では説明できない不可解な事件も今まで何度かあった。

---  中学校の入学式の次の日。つまり初登校の日のことだ。

真新しい制服に身を包み、緊張しまくって正門をくぐった私は

昨日、クラス発表の後で教えられた下駄箱へまっすぐに向かった。

教えられた場所に自分の靴をしまおうとしたが

誰かが間違えて先に靴を入れてある。

ちょっと迷ったが、ここは私の場所なのだからその靴を許すわけにはいかない。

つまんで棚の上に乗せておいた。

颯爽とした気持ちでクラスへ向かう。

昨日と同じドアを開けると、もう半数近くが登校していた。

しかし、中学生ともなるとみんな体格がいいのには驚いた。

私は小学校6年間、ずっとクラスで一番小さかった。

中学の体操服の採寸で合うサイズがなかったほどである。

なんだか、でっかい同級生に囲まれ急に心細くなった。

小学校の同級生も何人か同じクラスになったはずだがまだ来ていないようだ。

仕方ないので自分のに向かう。

ところが、そこには大きな男子学生がすでに座っており

まるで自分の席のように横柄な態度をとっていた。

私が机にをドンと置くと

その大きな男子とその仲間達がこっちをじろじろ見て

なにやらこそこそ話し始めた。

しばらくして、中の1人が私に向かってこう言った。

「あんた、もしかして1年?」

その時、やっと周りの景色が正常に見え始め

自分のとんでもないマチガイに気付いてしまった!

「い、いいえ。」

なぜか否定し、鞄をつかんでダッシュで教室を出た。

振り向きざま、今出た教室の「3-2」の小さなプレートが見え

中から大爆笑が聞こえてきたのをはっきり覚えている。

要は3棟ある校舎の建物ごと間違えたのだ。

その後、本当の自分のクラスにたどり着いた私は

動揺をひた隠し、何食わぬ顔で顔見知りに挨拶をした・・・

---  月日は流れ、短大の初授業の日。

私は乗りなれないバスに乗り、調べてあったバス停で降りた。

ここから学校まではそれほど距離はないはずである。

しばらく歩き、様子がおかしいことに気付いた。

もうとっくに着いてもいい時間なのに学校らしき建物はまるで見当たらないのだ。

しかし、間違いようのないような道である。

もう少し、自分を信じて進むことにした。

そして、自分を決して信じてはならない事にはっきりと気付いた・・・

通りがかりの老人に学校の名前を出して聞いてみると

「あんた、そりゃず~っとこの向こうやわ。あんたが今来た道沿いにあったじゃろ?」と

あきれ気味に言われてしまった。

どうやらものすごく行き過ぎてしまったようだ。

なぜ、行き過ぎたのか全く理解できぬまま私の初登校は遅刻で幕を開けた・・・

思い出したが、もっと前にも同じような体験をしていた。

幼稚園の時に母とデパートに行き

母がトイレに入る間、外の入り口の所で待つよう言われた。

母が中に入ったやいなや急に眩暈のようなものがして

自分の現在位置がわからなくなったのである。

あの時は、トイレの入り口横の売り場のお姉さんに声をかけられ

迷子放送をされてしまった。

放送が終わるか終わらないかのうちに約2~3メートル離れたトイレから

驚いた顔をした母が飛び出して来たのを今でも覚えている・・・

そして、売り場のお姉さんはその5倍は驚いていた。

しかし、それよりもっと驚いていたのは自分自身である。

本当にくらっとして、自分がどこにいるのか一瞬で分からなくなったのだ。

何度説明してもなかなか信じてもらえず、

迷子放送をされたくてをついたんだろうと叱られた。

今にして思えば、おそらく宇宙船に乗せられて腕にチップでも埋め込まれたのに違いない・・・

そして地球に戻される時、記憶を消されたのであろう。

一瞬の出来事だった気がしたが、長い時間だったのかもしれない。

それ以来、ちょくちょく宇宙船に呼ばれてはチップの点検をされているような気がする。

宇宙船での記憶は完全に消されているが・・・。

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2006年10月14日 (土)

魔の結婚記念日

先日、結婚3年目の親友と電話で話していて尋ねられた。

「結婚何年目だっけ?」

「・・・たぶん、14年目。」

3年目の新婚さんから見れば14年目の私たちは「凄い」らしかった。

実際には、なんにも凄いことはない。

言われて気付いたが、来週は結婚記念日だ。

14周年という中途半端な記念日は

特に何のイベントもないまま過ぎ去りそうだ・・・

結婚記念日の思い出を思い出してみた。

1年目の結婚記念日、

旦那は大きな穴に落ちて病院に運び込まれた・・・

2年目も旦那はなんらかの怪我をしたように記憶している。

私たち夫婦は「魔の結婚記念日」と呼び

毎年その日が来るのを恐れていた。

記念日の朝、旦那が出社する時には

「細心の注意を!」と言うのが習慣になっている。

その甲斐あってか3年目以降は特に大きな事件も起こっていない。

10年目の時、世間で流行っている「スイートテンダイヤモンド」を要求するも即刻却下。

その代わりに子供達を預け、二人で旅行に行く事になった・・・

私は鄙びた温泉宿を希望したが案の定却下され、

結局グアムでマリンスポーツを楽しむという

旦那のひとりよがりなプランに決定した。

グアムに着くとそこは日本だった・・・

どこを見渡しても日本人が必ずいる。

とりあえず、誰もが行く名所はおさえようという事になり

「恋人岬」に行く事にした。

面倒なのでタクシーに乗って日本語ぺらぺらの運転手に

「恋人岬まで」と言うと

新婚旅行ですか?」と尋ねられた。

確かに同じ年頃の新婚さんは珍しくない。

「結婚10周年旅行です。」と言うと驚かれた。

「お子さんも一緒?」と聞かれたので

「置いてきました。」と答えると、またまた驚かれた。

それからは新婚旅行者のふりをしようという事になり

まったく新鮮さのない偽新婚旅行が始まったのだ。

恋人岬では本物の新婚さんや若いカップルがたくさんいた。

今まさに沈もうとしている太陽を、うっとりと眺めているようだ。

恋人岬という名前の由来は、

恋人以外の男との結婚を親に無理強いされた娘が

結婚式の当日恋人とふたりで逃げ、この岬に追い詰められたふたりが

互いの髪を結び岬から身を投げたという伝説から・・・とパンフレットに載っていた。

「髪、2人ともかなり長かったんだろね・・・」

「それより、なんか腹減ったなあ・・・」

ロマンチックとは無縁の会話を交わしながら1日目は終了。

--- 次の日、旦那が待ちに待ったマリンスポーツをする為ビーチへ向かった。

まず、バナナボートに乗ることになりライフジャケットを着てボートに乗っかった。

2つのバナナがH型につながった形になっており

それぞれのバナナに何人かずつ乗り込むのだが

バナナボートというのんびりムードのネーミングとは裏腹に

ひっぱっている船が脅威のスピードで走り出し、

バナナにしがみ付いているのがやっとであった・・・

しかも私たちサイドのバナナに、体重100キロは悠に超えていると思われる

大きな男が乗ってしまった為、体の半分水中に沈んだ状態であった・・・

さらに、その巨漢が意味もなくバタバタ暴れたため

旦那は体のあちこちをぶつけられカンカンであった。

巨漢に文句を言いたげだったのを

「勝てるわけない!」となだめるのも大変だった。

その後、高所恐怖症の私が猛反対したのにもかかわらず

二人乗りパラセイリングに無理やり乗せられた。

結局一度も下を見ずに恐怖体験を終えた私とは対照的に

自分のやりたかった事を色々と実現させた旦那はご機嫌であった・・・

グアムの海はとても綺麗で、色とりどりの熱帯魚が足元にたくさんよってきた。

旦那は、くちばしのような物を持った変な魚に妙に好かれ

体のあちこちを突付かれ、ひとりでジタバタしていた。

何か熱帯魚の好む匂い放っていたに違いない・・・

その夜、いい加減海で疲れていた私たちは

お腹も減ったので食事をする為街へ繰り出した。

色々なお店があったが、とにかく2人ともお腹がペコペコだったため

ある肉料理の店に入る事になった。

その店先にはメニュー看板があり、

旦那はその中のひとつのコースを指差して

「俺はこれ。」と言った。

「私も同じものでいい。」と言った途端、なぜか旦那は急に怒りだし

「なんでいつも真似するんか!」と訳のわからぬ事を言い出した。

それをきっかけに売り言葉に買い言葉で喧嘩になり

結局店には入らぬまま、旦那はどんどん1人で歩いて行ってしまったのだ・・・

ここが日本なら1人で食事して帰る事もできたが、

一応外国だし、夜も暮れて暗くなってきたので渋々旦那の後をついて行った。

憎たらしい事に、もの凄い早歩きで歩く旦那について行く為に

私はずっと小走りで忍者のようにひたひたと歩いた。

さらに憎たらしい事に、旦那は私の方を振り向きもしなかった。

腹が立つので途中で「イタタタ・・・・」と言ってみたり

ゲホゲホと大きな咳をしてみたが全く無視された・・・

そこで私がいなくなったらさすがに驚くだろうと考え

大きな木の陰に隠れて様子を伺ってみる事にした。

--- が、やはり全く振り向きもせずとうとう姿が見えなくなってしまった。

恐いのでホテルまで全速で走って帰った。

部屋に着くとドアストッパーが挟まってドアが開いている。

入ると真っ暗な部屋でベットに寝たふりをしている旦那を発見!

もの凄く腹が立ったが、とりあえず謝った。

このままではお腹が空いて眠れないので仕方ない。

負けるが勝ちという言葉が頭の中でぐるぐる回っていた・・・

しかし、この時点でかなり夜も更けており

ホテルのレストランもメジャーなお店もみんな閉店していた。

仕方なく、タクシーで「どこか食事できるとこへ行ってください。」と頼み

日系人の経営する硬いステーキを出すお店で無言のまま食事をした・・・。

その後も帰国するまでお互いに何かしら腹を立てあい

私たちの10周年記念の旅行は終わったのだ。

新婚旅行から帰った2人が

性格の不一致で成田離婚する話しはよく聞くが

結婚10周年の2人が離婚しても笑われるだけだろう・・・。

人生、修行の連続である。

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2006年10月 4日 (水)

古代ローマ式洗濯方

おととい、無性にカーペットを洗いたくなった。

居間のカーペットは(元々は)白っぽい色なのだ。

ところが、主に次男卓海(小3)の汚い足のせいで

ほぼグレーに近い色合いになった。

彼の靴の中には常に一定量のが入っている。

そんな状態が気持ち悪くないようである・・・

いくら私が砂を出しても、洗っても、帰宅するとまた入っているのだ・・・

よって、靴下も汚い。

その汚い靴下でお構いなしに踏みつけられたカーペットも当然汚れるのだ。

ホワイトという色を選んだ時点で失敗だった・・・

グレーにするべきだった・・・

クリーニングに出そうとも考えたが、もっといい事を思いついた。

子供に洗濯させよう・・・

幸い、体育の日で学校が休みなので家にいる。

外もいい天気だ。

2階に向かって叫んだ。

「ちょっと!2人ともいらっしゃい!」

なにか食べ物の支給があるものと勘違いをした次男卓海が特急で降りてきた。

「なに?なに?なに食べるん?」

「・・・・・。」

長男颯汰は「今、勉強中なんすけど・・・何?」と

階段の手すりの所で探りを入れてきた。

勉強中の長男には気の毒だが

人手が不足なので

「いいからいらっしゃい。」と無理やり呼び寄せた。

「2人共、シャツとパンツになりなさい。」

「え~!!!なんで!!!!」2人からブーイングが起きた。

「今から歴史のお勉強をしまっす!」

「それでなんで服脱ぐんだよ!」

長男のふてくされ顔を無視し、とにかく言う事を聞かせた。

「ちょっとお風呂で待ってなさい。」

2人共、怪訝な顔で私を見ている。

私が居間からカーペットを引きずってくると

「はい、無理!」と、長男は事態を把握したようである。

「なに?何するん?」能天気な次男はやけに楽しげだ。

浴槽にカーペットをたたんで入れ勢いよくお湯を注ぐ。

そこへビーチサンダルを持って来て

「これ履いて踏みなさい。」と言った。

長男は腕組みしたまま難しい顔つきだ。

次男は楽しそうに浴槽に入った。

そこへ洗剤を投入。

一気に泡が出た。

古代ローマではこうやって洗濯してたんだよ~!」

「へ~!!!」と楽しそうに踏んでいるのは次男だ。

(ポンペイから発掘された洗濯場から

古代ローマでは奴隷達が踏み洗いをしていた事がわかったそうだ。)

長男は「それは、奴隷の仕事だったんだよな。」と鋭い事を言ってきた。

「つべこべ言わずにお前も踏みなさい!」と言うと

「じゃあ母さんも踏めば?」と返ってきた・・・

「母さんは手荒れするからできません。」ときっぱり。

「俺達はどうなるんだよ?」

「あんたらは若いから回復早いし、足だから大丈夫!」

「意味不明やん・・・」

その後もぶつぶつ言い続けていた長男だが

「兄ちゃん!楽しいよ~ん♪」という次男の能天気な声に負け

結局2人で足踏み洗濯を始めた。

よしよし・・・

しばらく踏んでいると予想以上にお湯が真っ黒になった。

「うわ~!汚ね~!」子供達もびっくりである。

「あんた達が汚い足でよごしたんだよ!」

と言うと2人とも無言になった。

「はい、一次洗い終了。排水して二次洗いしてください!」

またお湯を張って洗剤を入れる。

踏んでいるとまだまだ汚れが出てくる・・・

結局3次洗いまでした後すすぎに入った。

鼻歌交じりだった次男もくたびれた様子で

「もう辞めていい?」と聞いてきた。

「だめ!あんたが汚したんだから最後までやりなさい!」

私の容赦ない言葉に

「鬼だ、鬼がいる・・・」とか「俺達は奴隷か!」とか

長男は相変わらずぶつぶつ言っていた・・・

何回目かのすすぎが終わり、ようやくお湯の色が正常になった。

「はい、脱水して乾燥に入ります!」

もう完全にくたくたになった2人が同時に

「は~?」という顔をして私を見た。

とにかくカーペットの水分を出来るだけ抜いて

ポリバケツに入れ、2階のベランダへ運ぶ事にした。

--- が、水に濡れたカーペットははてしなく重かった・・・

3人がかりでようやく階段の上まで運び上げ、

ベランダまで引きずるように持っていった。

そこから干すまでがまた大変な作業だったが

3人で力をあわせ、ようやく「カーペットクリーニング大作戦」は終了したのである。

天気がよかったのでよく乾き

グレーだったカーペットも本来の白さを取り戻した。

これからは次男も汚い靴下で上がらないよう注意する事だろう。

--- って、甘いか・・・。

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