2008年6月 8日 (日)

おじさんと謎の液体

時々、無性に たこ焼き だの お好み焼き だのが食べたくなる。

先日も空腹時に急に食べたくなり

頭の中がいっぱいになった。

考えただけでソースのいい匂いもしてくるようだ。

ふと、半年ほど前に店に現れた不思議なおじさんのことを思い出した・・・。

---- あれはある冬の寒い日。

店で商品のラッピングをしながらふと外を見ると

なにやら一升瓶らしきものを抱えたひとりのおじさんが佇んでいた。

明らかに私を見て微笑んでいる。

私もつられて微笑み、軽く会釈をした。

すると間もなく、そのおじさんが店のドアを開けて店内に入って来た。

開口一番、「ちょっとコップ貸して!」と言うではないか。

おじさんは、戸惑う私にはおかまいなしにどんどん近づいてきて

一升瓶をドンとテーブルの上に乗せた・・・。

よく見ると真っ黒な液体が底のほうに数センチ溜まっていた。

「なんでもいいけん、コップない?」

「は?」

状況を把握できず、頭が真っ白・・・いや真っ黒になった。

とにかく執拗にコップを要求されるので

しぶしぶ店の奥からグラスを取り出してきた。

私の持ってきた華奢なフォルムのお洒落なグラスを見るなり

おじさんは「あ~・・・。」と残念そうな声を出した。

「あ~・・・。って言われても・・・。」と私も言い返す。

次の瞬間、おじさんはテーブルの上の一升瓶の蓋を開け

グラスに真っ黒な液体を注ぎはじめたではないか!

「いいソースが入ったけん、飲んでみてん!」

にこにこ顔でそんな事を言いながら

グラスになみなみとソースらしき液体を注いでゆく・・・。

おじさんはどうしても一升瓶に残ったソースを全部注いでしまいたいようだった。

しかし、私の用意したグラスがまんざら容量がなかった為

グラスの淵まで注いでもまだ残っている。

尚も注いだため、ソースが表面張力いっぱいになった・・・。

私はおじさんにグラスを渡したことを思いっきり後悔したが後の祭りである。

「まあ、一口飲んでみてん!」と満面の笑みで言われたが

グラスを持っただけでソースがこぼれるのは目に見えていた・・・。

「ぜったい美味しいけん。遠慮せんでいい!」

私はその時まで、ソースが飲み物であることを知らずに生きてきた・・・。

「余ったら色んなもんにかけてみてん。絶対美味しいで!」

店中にソースの香りが充満しはじめた・・・。

「あの・・・。今おなかいっぱいなんで後でいただきます!」

苦し紛れに言うと

おじさんはちょっと残念そうに「ホント、美味しいんで!」と言いながら

「おたふく」と書いたラベルの一升瓶片手に店を出て行った・・・。

---- おじさんが立ち去った後、

表面が丸く盛り上がったソースのグラスを見つめ

どうしたものか死ぬほど悩んだ私である・・・。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月30日 (日)

はしのはなし

先日、中学生の長男が帰宅して弁当箱を出しながらつぶやいた。

「今日、1本しか入ってなかったで。」

「え?そうやった?どうやって食べた?」と聞くと

「1本で食った。」との答え・・・。

なんとも、長男らしい応用力のなさである。

鉛筆1本足して食べたらよかったのに~。も~。」と言う私に

「そんな事できませんから。」ときっぱり無表情で返された。

「誰かになんか言われた?」

ちょっと心配になって聞くと

「センセ~から『虐待やな~』って言われたで。」と言ってにやりと笑う。

なぜだ・・・。

なぜお前はよりにもよって先生に見つかるのだ・・・。

自分の落ち度は完全に棚に上げて長男に腹をたてた。

----次の日。

帰宅してきた長男が弁当箱を出しながら言った。

「あの~、今日は3本入ってたんですけど・・・。」

昨日少なかった分、今日足しといてやった。

そう、母の愛である。

-------と言えば去年のはなしを思い出した。

ある日のお昼過ぎ、珍しく旦那から電話がかかった。

「いい加減にしろよ!」

いきなりなんだか機嫌が悪い。

「何が?」むっとしながら訊ねると

!また入ってね~ぞ!」との答え。

「あっ・・・。」

旦那の弁当箱はふた部分に箸を入れるところがあったのだが

箸を入れる部分が壊れてしまい

普通の弁当箱に買い換えたばかりだった。

今まで箸箱をそえる習慣がなかった為忘れがちだ。

「ごめ~ん。」と、とりあえず謝ってみる。

「ごめ~んじゃねえ!何回忘れたら気が済むんか!しっかりしろ!!」

と、言いたいことだけ言って電話を叩ききられた・・・。

よほど腹が立っていたのだろう。

それにしても、たかが箸ごときでここまで腹を立てるとは

なんという心の狭さであろう・・・。

毎朝早起きして弁当を作っても感謝などされたこともない上にこの言われようだ。

私の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた・・・。

-----そして次の日。

いつものように弁当を作り終えた私は昨日から準備しておいたを取り出した。

ふっ。

思わずにやけてしまう。

紙は箸入れの大きさに切ってあり、マジックで大きくスカと書いてある。

箸入れにセットして弁当箱の上に乗せた。

「今日は箸箱入ってるからね!」

明るく見送り、私の小さな復讐は終わった・・・。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月15日 (火)

ミステリーNo.5

先日、お店を閉めて車で帰宅中に不思議なおじさんに出合った。

赤信号で停止中のことだ。

何気なく窓の外を見ると、満面の笑みをたたえたおじさんが立っていた。

どう見ても私の方を見て微笑んでいるのだが

全く見覚えのないおじさんだ・・・。

おじさんはどんどん私の車に近づいて来て

突然手のひらをパーにして突き出した。

「は?」首をかしげると

なおも近づき

何度もパーを出したり引いたりしている。

その間ずっとものすごい笑顔なのだ。

じゃんけん?

恐る恐るチョキを作っておじさんに見せた。

するとおじさんは、ぶんぶんと首を振って眉間にシワを寄せた・・・。

な、なんなんだろう・・・。

怖いので窓は開けられない。

赤信号がいつもの何倍も長く感じられた。

目を合わせないようにしようとしたのだが

おじさんはなにか大きな声で言い始めた。

よく聞き取れないが

口の動きから察するに「ゴ」と言っているようである。

口を大きく動かして「5?」と問いかけた。

するとおじさんは、うんうんというように首を縦に振って

満足気な笑みを浮かべた。

ああ、か・・・。

・・・・・っていったい何が?

考えているうちに信号がになり、

ようやく5のおじさんとお別れする時がきた。

ホッとしながらバックミラー越しに後ろを見ると

5のおじさんはいつまでも私に手を振っていた・・・。

帰ってから気付いたのだが

私の車のナンバーが5なのだ。

おそらくこの5の事を言っていたのだろう・・・。

でも、それが何か?

熱烈な5のファンだったのだろうか・・・。

謎は深まるばかりである。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月23日 (金)

母と金魚

うちの店には看板金魚の「金ちゃん」がいる。

母が溺愛して餌をやりすぎなため最近太り気味だ。

「金ちゃんはね~、私が来るとわかるんよ♪すぐ寄ってきてかわいいわぁ~。」と毎日同じ事を言いながら餌を過剰に与えてしまうのだ。

以前、金ちゃんが窮屈そうに立ち泳ぎしてるのを発見した私はそれを母に指摘すると

病気かも・・・」とひとりあたふたしていた。

私は「狭いだけだと思うよ・・・」と言って帰宅したのだが、

母はその後大きなガラスの容器を買ってきて金ちゃんを移し心配だからと自宅に連れて帰ったらしかった。

その夜、「金ちゃんが見たこともない速さで泳ぎだした!」という報告の電話があったので「よかったね。」と言っておいた・・・。

そもそも小さいガラス容器に金魚藻を山のように入れていた母に原因があるのだが・・・。

それにしても私が風邪をひいた時「熱が38.5度を超えてないなら絶対学校を休んでは駄目!」と恐い顔で言っていたあの人と同一人物とは思えない・・・。

そして先日、私の休みの日に店から電話が入った。母である。

暗く沈み込んだ声で、「朝店に来たら、金ちゃんがお腹を上に向けて浮いてた・・・。」とつぶやく。

「え?死んだの??」と言う私の質問に

「わたしが呼びかけると一生懸命答えて一瞬元に戻るけど・・・またすぐに仰向けになるんよ・・・」と泣きそうな声。

時折「金ちゃん!金ちゃん!!」という悲痛な声が聞こえてくる。

そうか・・・ついにお別れの時がきたのだな・・・と悲しくなったが

母には「立ち泳ぎに次いで背泳ぎもマスターしたんと違う?」とジョー談を言ってとりあえず電話を切った。

さてと・・・冷静に対処法を考えなければ・・・

早速、金魚がひっくり返った時の対処方についてネットで調べてみる。

すると驚くべきことに、金ちゃんは「逆立ち病」というおかしなネーミングの病気であることがわかった!

食べすぎや運動不足で脂肪がつきすぎ、浮き袋の調節機能障害をおこしているらしい・・。

寒くなるとひっくり返りやすくなると書いてある。なるほど・・・

胃腸障害と運動不足が原因らしい・・・。あ~、やっぱりね~。

対処法として、水温を上げて胃腸の働きを活発にすることと胃腸薬を少し与えるとよいとある。

早速母に電話し、「逆立ち病」であることを告げ、水温を上げて胃腸薬を飲ませるよう指示を出した。

案の定母は驚き「魚用の胃腸薬なんかどこで買えばいいの?」と聞いてきた。

「そこの棚の一番上に私の胃腸薬があるから。」と言うと

「え?あんた・・・魚の胃腸薬なんか・・・」と人を半魚人扱いである・・・。

「だから~、人の胃腸薬を少し砕いて餌と一緒にあげればいいの!少しだからね!!」と念を押し電話を置いた。

---- 二時間後、母から電話があり「金ちゃんが元に戻った!」と大変嬉しそうにはしゃいでいた。

「よかったね・・・。」

まったく、人騒がせな母と金魚である・・・。

----- その夜、夕食を食べながら今日の騒動について子供たちに話して聞かせると2人とも大うけしていた。 「逆立ち病」という病名がツボに入ったらしいい。

お腹がいっぱいになった私はヒーターの前でテレビを見ながらいつの間にか眠ってしまった・・・

テレビの音が遠くなり・・・

子供たちの笑い声と話し声がかすかに聞こえてくる・・・

「母さん、絶対逆立ち病やな・・・」

「あっためればたぶん下むくぞ~」

爆笑・・・

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

|

2007年8月27日 (月)

じゃがいも

スーパーマーケットにカレーの具を買いに行って

じゃがいもを選びながら

ふと、古い記憶がよみがえった。

--- あれは、独身時代に地元の広告代理店に勤務していた頃のことだ・・・

私は制作部というところで紙媒体の広告デザインの仕事をしていた。

ある日、デパートの「北海道物産展」のポスター制作の写真撮り用に

「じゃがいも」をたくさん買ってくるように言われ、八百屋へ向かった。

八百屋に着くとじゃがいもの山が2山あり

「メークイン」「男爵」に分かれている・・・

そして、「メークイン」の方が若干安かった。

ちょっと迷ったが「メークイン」を50個ほど買って会社に帰ることに・・・。

芋50個は想像以上に重く、汗だくになりながらの帰社となった。

--- 次の日、スタジオに芋を運ぶように言われていたので

準備をしているところへ上司がやってきた。

芋の袋を覗き込んだ上司は眉をひそめてなにやらご立腹の様子だ。

「なんだ、これは?」

「撮影用の芋です。」

「・・・普通、北海道物産展のポスターと言ったら男爵芋だろが!」

「えっ!?そうなんですか???」

何故なのかはこの際どうでもよい。

上司の思い描く北海道の芋が男爵だっただけの話だ。

急いでまた八百屋へ行き

「男爵芋50個ください!」と八百屋のおばさんに言った。

「あれ?またじゃがいも?」と八百屋のおばさんも怪訝そうである。

そんなこんなで無事撮影が終わり

私のデスクにはメークインと男爵芋が合計100個残った・・・。

「お前、この芋なんとかしろよ。」

上司からの命令により私はせっせと会社中の人に芋を配り歩いた。

「メークインと男爵、どっちがいいっすか?」

たいていの場合「どっちでもいい。」とそっけなく言われたが

100個の芋を配り終え、充実感に満たされた私であった・・・。

またある日、カメラ店の新聞の広告を製作中の上司から

「大急ぎで『三脚』のイラストを描いてくれ!」との指令があった。

カメラを買ったお客さんにプレゼントする三脚の写真を撮り忘れたらしい。

しかもあと30分で入稿しなければ間に合わないのだ・・・

「5分で描けよ!」と無茶を言われ

焦って描いたイラストを上司に提出。

イラストを見た上司は「ありが・・・」と言いかけ絶句している。

「なにか?」

「なにかじゃねえ!こりゃあ、脚立だろ?なんでカメラ買ってハシゴもらうんだ?考えたら分かるだろ?」

考えたが分からなかったのだから仕方ないのだ・・・。

他にもどんどん昔の失敗を思い出してしまったが、もうどうでもいいことだ。

若いうちに失敗をたくさん経験したほうがいい・・・と先日何かで言っていた。

しかし、若いうちに失敗ばかりしていた私は年取ってからも結構失敗ばかりしている・・・。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月11日 (月)

セノビック

先日、ドラッグストアに子供と買い物に行った際

セノビックを買ってくれとしつこくせがまれた。

そういえば、あの手品の山上兄弟のコマーシャルを

次男が食い入るように見ていたのを思い出し

面白いので買って帰った。

帰宅するやいなや、長男(中1)と次男(小4)は

冷たい牛乳にセノビックを溶かす作業にかかったようだ。

・・・が、なかなか溶けないらしく2人でしばらくコップをグルグルかき混ぜていた。

いいかげん溶けきれないと悟った長男が

固体の浮かぶセノビックを一口飲み顔をしかめている。

「微妙な味やな・・・いや、はっきり言ってマズイな・・・」

一口目から悪態をつく長男に

「背を伸ばしたいんなら我慢して飲みなさいよ!美味しいわけないやろ!」と一括。

しぶしぶ全部飲み干したが

終始「かたまりがある。」だの「まずい。」だの「子供だまし。」だのと

発売元のロート製薬が聞いたら気を悪くするような事をぶつぶつ言っていた・・・。

ところが次男は混ぜても溶けきらないことが分かると

腰に手を当て一気に飲み干し、

底に溜まった溶け残りまでスプーンですくって平らげた。

「げっ!お前マズくないんか?」という兄に

「マズイよ。」と一言い放ちとっとと外に遊びに行ってしまった・・・。

「あいつ馬鹿やな・・・」と言う長男を尻目に

それからというもの、次男は朝昼晩とかかさずセノビックを飲み続け

飽きっぽい性格の次男にもこんな一面があったのかと家族一同驚かされた。

--- それから3週間程たったある夜、次男を見た旦那がつぶやいた。

「あいつ、最近急にでかくなったんじゃないか?」

実は私も毎日見ているにもかかわらず

次男が朝起きて来るたびに

「なんか、背伸びた?」と心の中で思っていたので驚いた。

ちょうど20日前に子供の日の慣わしでドアの桟に身長を記してあったので

次男を呼んでもう一度計ってみた。

すると、なんと20日で2センチ伸びているではないか!

セノビック恐るべし・・・。

ふと台所を見るとセノビックの袋をまじまじと見つめ、つぶやいている長男がいた。

「テジナ~ニャってか?・・・。」

※ちなみにセノビックは福岡、長崎、佐賀、長崎、大分の限定発売らしい・・・。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月21日 (土)

蟹のイリュージョン

ここ最近制作の仕事が山積みで

毎日の平均睡眠時間がほぼ3時間以下である・・・。

しかし、根性で貫徹した甲斐あってほぼ見通しが明るくなってきたので

今日はまとめて睡眠を取る予定だ。バンザイ!!

思えば中学生の頃からほとんど睡眠時間は3~4時間であった。

そして、時々死ぬほど眠るのだ

とは言え、さすがにもう若くないのだからこんな無茶はやめようと反省中である。

そう言えば高校生の頃、徹夜が3日位続いた時

不思議な事が起こった・・・。

--- 自分の部屋の中に白い蟹がいたのだ。

しかも、その蟹は毛蟹ほどの大きさがあり

壁を這っていた・・・。

よくドラマでありえない光景を目にした主人公が

目を何度も開けたり閉じたりしてオーバーリアクションを取るが

実際にはドラマ以上にオーバーリアクションになった。

『目が疲れているからに違いない。』

瞼をマッサージしてよく見てみる。

やっぱり白い蟹は見える・・・。

『壁紙、蟹の模様だったっけ?』

周りを見渡すと、小花模様である。

『蟹のぬいぐるみ?』

そんなの買った覚えはない。

『・・・・・・・。』

もう、何も考えつかなかった。

怖かったが白い蟹に近づいて触ろうと思った。

近づけば近づくほどであることに間違いなかった。

ちゃんとに這っている・・・。

しかも真っ白だ。

やはり、触れなかった。

これはもう、ホントに白い蟹が迷い込んだのか

もしくは私がおかしくなったかのどちらかに違いない。

意を決して両親をたたき起こし

白い蟹の事を告げた。

午前3時頃だったと思う。

両親は私のただならぬ様子を察し部屋を見に来た。

「蟹?」

不思議がる両親は

「ほら、ここにいるでしょ?」と指差す私を驚愕の表情で見ながら後ずさりした・・・。

こんなにはっきり見えるのに他の人には見えないらしい。

もうどうでもよくなって眠ることにした。

そして、それっきり白い蟹は見えなくなった・・・。

その後、居間の本棚に「思春期の子育てQ&A」とか「思春期のこころとからだ」とかいう本が増えていったのを覚えている。

--- 実際は単なる寝不足による幻覚だったに違いない。

ところが、大人になった私はまたありえない蟹に遭遇したのだ。

しかも今回は旦那も一緒に見たのだから幻覚とは言えない・・・。

長男がまだ赤ん坊だった頃、夜中に熱を出したので救急の子供病院に連れて行った時のことだ。

夜中にもかかわらず、待合室はたくさんの子供や親でごった返していた。

私と旦那は長男が呼ばれるまで待合室の真ん中のソファーで座って待っていた。

ふと足元を見ると小さい蟹が這っている。

どこかから迷い込んだのだろう・・・。

何気なく薄暗い待合室の床を見渡すと

何か小さいものが無数に動いているのが見えた。

「蟹?」

半分眠りかけている旦那を起こして蟹の事を告げた。

「うわっ!すげ~。なんでこんなに蟹がおるんやろ?」

やはり私の幻覚ではないようだ。

ところが私たち以外の人は蟹に一切注目していなかった・・・。

「変だよね?」

私の言葉にめずらしく旦那も賛同した。

「誰も気付かんのか?」

忙しそうに歩き回っているナースも小さな子供も親たちも

誰もこんな異常事態に気付いていない様子なのだ。

しばらくして長男が診察室に呼ばれ

3人で先生のいる部屋に入ったが

そこにも蟹がチョロチョロしている。

私はもはや長男の容態より蟹に気を取られっぱなしであった。

意を決して「あの・・・蟹がたくさんいるんですね・・・。」と先生に問いかけたが

「は?」と言われ長男に聴診器を当てて診察が始まった。

幸い長男はたいした事もなく薬をもらって帰ったのだが

私たち夫婦にはかなり疑問が残った。

確かに蟹はいたのだ。

しかもうじゃうじゃいた。

けれど誰も蟹の事を話題にしておらず

まるで見えていないように思えた。

その病院は地元では有名な子供救急病院なので

いろんな人に「あの病院、待合室に蟹がたくさん出るよね?」と聞いてみたが

誰一人賛同する者はいなかった・・・。

やはり2人してを見たのか?

しかし、なんでいつもなのだろう・・・????

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 1日 (日)

ショック療法

昨日、エアコンのリモコンが効かず

旦那が悪戦苦闘していたので

「このリモコン、手の平の上で1回ポンと叩いてやらないと効かないよ。」

--- と、正しい使い方(?)を伝授して実際にやってみた。

しかし、今日は効かない。???。

旦那から「お前、そりゃ電池がないんだから取り替えろ。」

--- と言われた。

それでもポンポン叩いてボタンを押し続ける。

片足で軽く一回転してポンと叩いてボタンを押してみたりもした。

「それ、なんか意味あるん?」

ものすごく冷めた目で言われたので

「じゃあ、電池替えてよ。」とリモコンを渡した。

「まさかあんた、自分で電池替えられんのやないやろな?」

「・・・・・。」言葉につまる。

実は、電池の入っている場所がわからなかったのだ。

「替えれるけどめんどくさいからやって!」

「じゃあ、電池の種類は?」と聞かれまた困った。

「知らんよ。」

「知らんよじゃなくて開けてみりゃいいやろ。」

(だから、開けられないから困っているのだ!)

じっとリモコンを見つめ

--- とりあえず机の上にコンコン打ち付けた。

「ふん、やっぱ開け方知らんのやな・・・」

とつぶやいた旦那は

勝ち誇ったような顔をしながら

リモコンの背面をスライドさせ電池を取り出した。

悔しい・・・。

そういえば以前テレビがよく映らなくなった時

テレビの上をげんこつで一回叩くと映るという事を発見し

毎日テレビを叩いていたことがあった。

放っておくとテレビの上半分が砂嵐になるのだ。

ドラマなどは、登場人物の首から下しか映らないので

まったく見ごたえがない・・・。

毎日叩いて見ていたのだが

ある日とうとう、全面が砂嵐になってしまった。

これならラジオを聴いたほうがましである。

それで、しかたなく電話帳を取り出し

「テレビのお医者さん」と書いてある所に電話して

ドクターを呼んだ。

まもなくドクターが現れ

テレビの裏側などを診察していたが

私にむかって

「奥さん、叩いた?」と鋭い質問をしてきた。

「まあ、多少は・・・」と曖昧な返事をする・・・。

「こりゃ~、だいぶ叩いたね!」

「う~ん、ちょっとは・・・」とアレンジして応答してみる・・・。

「中のねじが飛んじゃってるんだよ。」

「・・・。」

「こりゃ~相当ガンガン叩いたんだろな・・・」

と、しつこく叩いた事を責められた。

「奥さん、ショック療法はほどほどにね。」

と、ちょっと粋なことを言ったドクター

「手術が必要だからしばらく入院させましょう。」

どこまでもドクターらしく振舞っていた・・・。

あほらしかったが

「先生、よろしくお願いします・・・。」

・・・と付き合った。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月28日 (水)

思い出のウェディング

最近、うちの店はウェディングに力を入れている。

勝手に私が力を入れていると思っているだけで

まだ私が力を入れている事を世間に知らせていない為

口コミで知ってくださったお客様が来店くださるのみだが

ありがたい事に確実にウェディングのご注文は増えつつある。

・・・で、色々なカップルが来店くださり

最近のウェディング事情をお聞きするにつれ

自分のいいかげんだった披露宴の事が思い出され

もう一度やり直したいような、もうどうでもいいような複雑な心境になった。

----  そもそも、私たち夫婦にはプロポーズの言葉もなければ感動秘話もない。

どういう訳かわからないが気づいたら結婚する事になっていた。

もうそろそろ結婚しようかな・・・とお互いに思っただけである。

自分たちで勝手に日取りを決め

家から歩いて行けるからという安易な理由で近所の式場を予約。

両家の親には事後承諾で「この日に結婚式やります」と報告。

当時、旦那と私は仕事の休日が合わなかったので

下見や打ち合わせもほとんどないままに時間が経過した。

新居も私が一人で探したものだ・・・

結婚の1ヶ月前頃、私が退職してからようやくバタバタと

式の準備を始め一週間前には写真の前撮りをした。

旦那は私の青いスパンコールでできたカクテルドレスを見て

「うわっ!すげ~青光りするな~!かと思った!」

と、非常に憎たらしい事を言っていた。

旦那の白いタキシードだって演歌歌手みたいだったが

言うと機嫌が悪くなるので黙っておいた。

---  いよいよ式当日の朝、すっぴんでジーパンの私は

風呂敷を下げてホントに徒歩で式場入りした。

式は神前式で巫女さんに誘導されて式場に入るのだが

旦那は相変わらず自分ひとりでスタスタと歩いて行ってしまい

巫女さんから「新婦を置いていかないでください!」と注意を受けていた・・・。

その後の披露宴は滞りなく順調に進み、

いよいよ最後の万歳三唱である。

旦那にはあれほど

「自分たちは万歳しないでお辞儀するんだよ!」

と言っておいたのに

横を見ると赤ら顔の酔っ払いがご機嫌で万歳をしていた・・・。

私の視線に気付いた旦那は「あ、やべ~!」とつぶやき

ぺこりと頭を下げたのだが

顔を上げた旦那を見て驚愕した!

凄い勢いで鼻血が出ていたのだ・・・

真っ白なタキシードを真っ赤に染めた旦那は

衣装さんに取り囲まれ濡れたお絞りでタキシードをトントンされていた・・・

旦那の鼻血も治まり、

私たちはみんなの作ったアーチをくぐって退場することになった。

私は前述の鯖のスパンコールドレスである。

このドレスはかなり身体のラインにぴったりしたものだった。

妙に低いアーチをくぐるため思いっきり身を屈めねばならず

しかも11センチのハイヒールを履いていたため

凄くふらつきながらよたよたと進行した。

真ん中あたりでさらにアーチが低くなっており

くぐる為にほぼ直角に腰を屈めたのだが

その瞬間、ベリっという不吉な音がして周りのみんなが騒ぎ始めた。

「や、破れたんじゃない?」

という従姉妹や友達の声がした。

「え?」と思っていると

瞬く間に衣装さんに隅に連れて行かれついたての裏で破れた箇所を繕われた・・・

どうやらファスナーの縫い目が裂けたようである。

それにしても衣装さんの素早い対応には感動した。

そんなこんなで、衣装さん泣かせの私たちの披露宴は

赤っ恥をかきながら無事(?)終了した。

ドレスを脱いで朝来た時のジーパンに着替えロビーに下りると

華やかな振袖姿の友達が集まって談笑していた。

近づいても誰も気付かない。

「今日はありがとう!」と大声で言うと

みんな一様に驚き

「なんでそんな格好なの?」と言われた。

なんでと言われてもいつまでもスパンコールで歩くわけにはいかないのだ。

風呂敷を抱えているのを見て

「大女優と付き人みたい!」と一人が言い出しみんな爆笑していた。

大女優とは私の前を歩いていた母である。

独身時代にホントに女優をしていた母は

留袖姿で優雅に歩き、完全に私より目立っていた・・・。

後日、弟に任せておいたビデオを再生してみると

巫女さんだの私の会社の同僚だの女友達だのしか映っておらず

主役の私の姿はどこにもない!

弟に文句を言うと

「自分の見たいものだけを撮った」

まるで大物カメラマンのような事を言っていた・・・。

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月12日 (月)

合格発表

受験シーズンになると必ず思い出す人物がいる。

子供の頃同じ町内に住んでいた同級生のお兄さん、Tさんである。

彼とは学年が1つか2つ離れていたが

小学校から高校まで同じ学校だった為

名前と顔は知っている・・・くらいの存在だった。

聞いた話によると・・・

彼は高校に入ってからグループを結成した。

バンドではない。

確か、奇怪団というグループで

主な活動内容は「奇怪な事をしでかす事」らしかった。

具体的には、毎日バス停を少しずつ移動させて

自分たちの都合のよい場所にバス停を持っていこうとし

警察からお咎めを受けた事もあったらしい・・・

---  ある日の夕方、テレビを見ていると

ニュースで地元の医大の合格発表の様子が流れた。

受験番号を張り出した掲示板の前に

ひときわ大喜びし、胴上げをしているグループが映っていた。

その胴上げをされている人物は

よく見るとあのTさんではないか!

「すごい!あの人は変わってるだけじゃなかったんだ!」

さっそく母に報告すると

「Tさんとこのお兄ちゃん秀才だね~」

と、感心しきりである。

そのニュースは狭い町内に瞬く間に知れ渡り

Tさん宅の電話はお祝いコールが鳴り止まなかったらしい・・・

----  で、Tさんのお母さんはその対応に追われ

カンカンに怒っていたという。

なぜなら  ---  Tさんは医大を受験していなかったからだ。

胴上げをしていたのは言わずもがな「奇怪団」のメンバーである。

名誉の為に付け加えるが

Tさんたちは、もともととても成績優秀な人々だった。

あの人たちは今、どうしているのだろう・・・

bloomへようこそ

http://bloom-bloom.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (2)

«父の豆まき